やり方ではなく、考え方と在り方を変える事。より良い運命とは宿命を開花させる事。先人の在り方から多くを学び、自分を高めていく喜びを多くの方にお伝えする「ミスターファシリテーター」として活動を続けていきます。
全部「1」の重要度
重要度を自分で決めず、すべての物事を「1」として捉えるのは、大切なことだと思っています。
もしかしたらこれは、私の自身のノウハウかも?と思ったり。
それはどういうことかというと...例えば、私は嫁から頼まれて、仕事の帰りに買い物をして帰ることがしょっちゅうあります。
それも大事な事なので、重要度としては「1」。
その一方、仕事面で商談が入ってきたとしても、それも重要度は「1」。
家庭での買い物も、仕事での商談も、大切さとしては同じレベルだということです。
これが、男性は仕事、女性は家庭、という概念だと、おそらく商談の重要度が「3」で、買い物の重要度が「 0.5 」という風に考える方もいらっしゃるだろうと思います。
ですが、まずは一身一家、身近なところから大切にしていくという概念では、一つ一つの頼まれごとがすべて同じ度合いで大切に思えてきます。
重要度に差をつけると have to となる
これを、自分で勝手に重みを変えてしまうと、どうなるのでしょうか?
それは、ここのところずっとこのブログでテーマにしている「 have to(しなければならないこと)」と関係しています。
重要度が高い物事が目の前にあるときに、重要度が低い事が登場すると、当然重要度の低いことをこなすほうが億劫になります。そこで have to という負の感情が生まれます。その負の感情は味わいたくて味わうものではなく、自然に感じてしまうものだと思います。
ですが、すべて重要度が同じだったら? have to の感情は起きようがありません。頼まれごとは、すべてが大事だと思っているわけですから。
そうなると、仕事も家庭も、分かれた概念ではなくなってきます。優先順位ではなく、すべて順番にやっていく、というだけです。
当社の自動車ビジネスの現場で言うなら、「新車を買いたい」という案件も、「カタログを持ってきて」という案件も、同じ重要度だということです。どうしても、お金になりそうな仕事を優先してしまいがちですが、本質を考えるとそうではないと思います。
ちなみに、当社の従業員は、子どもが病気をするとお父さんが病院につれていくことが多いです。当然、その間仕事がストップします。ですが、会社はきちんとまわっていますし、それでもさらに、みんなまだポテンシャルの半分を眠らせていると考えています。人間の脳はそのくらい、能力を眠らせています。
目の前の頼まれごとは、すべてが同等に大切。そう考えるようにすれば、「したくないこと」は劇的に減り、能力やパフォーマンスは向上していくのではないでしょうか?
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have to~しなければならない事を無くす、というゴール
「あの人は、何をやっていても満喫している」
誰かのことを見て、そんなに風に感じたことはありませんか?
そんな人は結果として、あらゆる物事を want to として、「したいこと」として取り組んでいるからだと思います。

なぜ「しなければならない事」が生まれるのか
それに関連することですが、私は最近になってやっと気づいたことがあります!
それは、「なぜバランスよくゴールを設定しないといけないのか?」ということです。
仕事、お金、家庭、趣味、地域活動、自らの精神面、などなど、人生にはあらゆる要素が含まれています。これらの項目は、関わりたくなくてもやはり関わらないと生きていけないことがたくさんあります。
ですが、例えば仕事としてのゴールはあっても、家庭としてはゴールがない、地域活動にはゴールがない状態だと、必ず have to「しなければならない」という感情が生まれます。本当は仕事のゴールを目指したいのに、地域の活動をしなければならない、無駄だ、億劫だ・・・と。
ところが「何をやっていても満喫している人」というのは、人生が全体的にバランスがとれていて、どの物事もうまくいく傾向があります。仕事でも趣味でも、それぞれに対する価値観が「したいこと」として固まっているからです。実際、何をやっても楽しめる人生のほうがいいですよね。
バランスよくゴールを設定する
仕事と家庭、どっちが大事?とよく話に出ますが、2つを比べることそのものに無理があります。仕事には仕事の、家庭には家庭のゴールが必要です。偏ってしまうと、相対関係でどこかが必ず have to になってしまいます。
ところがここで一つ問題があります。
体はひとつしかない。けどそれぞれにゴールや目標を持っていたら、時間も足りないし体も持たない ... 。おそらくそう考える方が多いのではないでしょうか。
ですが、これもよく言われるように、人間の脳はまだまだごく一部しか使われていません。それぞれにゴールを設定しても、十分対処できるほどのポテンシャルを持っているのです。「できないだろう」と思えば、脳はできない理由を探すように働きますが、自己イメージを高め、ゴールを設定することが能力は開花され、できる方法を探すようになります。
人生における一つ一つの項目に対し、隅々までバランスよくゴールを設定すれば、すべての物事を want to にできる ... つまり、「しなければならない」という億劫な感情を味わう必要がないということです。ゴールのバランスが必要な理由は、 have to を無くし、個人が持っている最も高いパフォーマンスを引き出すことにあります。
have to はしない、をゴールにする
苫米地先生が再三言われていることですが「すべて人生で一つも have to があってはいけない」の意味が、私も最近やっと分かってきました。過去を基準に考えれば「したくないこともしないといけないでしょ」となりますが、そこにゴールが明確にないから、 have to が生まれるのだと気づいたのです。
実際私は、仕事や家庭はもちろん、地域の消防団に入っているのでこの消防活動も面白いし、地域の祭への参加も面白い。自分でゴールを設定することができたからです。そうすれば、自然と考え方の抽象度が上がり、どんどん have to な物事が減っていきました。
すべてをしたいことにする、「そんなことは無理」と決める前に(決めると、「無理」ということがゴールになってしまうので)、「 have to はしない」ということをゴールにしてはいかがでしょうか?
ほんの少しの気持ちの切り替えで、今まで嫌いだったことが、意外と自分にとって楽しいことになったりするかもしれません。
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2012年4月〜5月期 TPIEディプロマ認定コース ご予約開始
TPIEディプロマ認定コース、4月と5月のセミナーについてご予約を受付を開始いたしました!
- 4月28・29日 FT谷口健担当 大阪会場
- 5月12・13日 東京会場
- 5月26・27日 福岡会場
ついに九州地区にてTPIEディプロマが開始されます!
セミナーのご予約・詳細はこちらをご覧ください。- Comments : 0
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本当の趣味 なぜゲームをするのか?には理由がない
最近、コールオブデューティというPS3のゲームにハマっています!
戦争ものの、銃で打つタイプのゲームですが、先日、ちょうど自分が撃たれる瞬間に......嫁がうしろから「ワー!」と脅かしたので、気絶しそうになりました。
最近のゲームは臨場感がすごいですね...
そういえば、苫米地先生がおっしゃられたことですが、「本当の趣味とは」というお話がありました。何かに関連していることは本当の趣味ではない、という考え方です。
例えば私の例でいくと、ゴルフも趣味ですが、それもどこか仕事に関連しているし、バイクも車ビジネスと関係している気がするし。
映画をよく見ますが、それも人生の経験、話題、情報として「何かの役に立つかもしれない」という意味で見ている部分があります。
何の役にも立たないが、価値があること
そうやって消去法でいくと、純粋に残るのはゲームしかないかもしれない、と最近思うようになりました。つまり、なぜゲームをするのか?ということは、何の理由もないのです。
そして、その時の集中力って、本当にすごいものがあります。それは、好きだから好き、でいいということです。
ゲームをすること自体は私にとって、何の役にも立たないけど、それが本当の趣味。そして、人生という大きなバランスで見たときには、そういう没頭できる時間を持っていることそのものに価値があると考えられます。
本当の趣味が、人生のバランスの中の全体の中の1つの要素ということですね。
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「仕事は義務」への違和感 自分だけがおかしい?
私はもともと、自分は変な人間だと思っていました。
特に、12~3年前の、自分が現在の会社の代表になった頃は特にそうでした。
自動車販売に限らず、多くの販売の現場で上司がセールスマンに対して「なぜちゃんと対応が出来んのや!」と怒鳴る場面が多く見られます。お客様を守らなければならない、笑顔を出さなければならない。当たり前といえば当たり前かもしれませんが、でも、そもそもお客様に対して「対応しなければならない」という感覚で接するのって、どこかがおかしい。
そしてすべてがノルマの社会、これだけ売らなければならない、出来なかったらこうだよ、と脅迫でモチベーションを引き出す理論。それは当然、とてもつらいことだし、それが社会で普通に通っているのって、やっぱり違うだろうと。生活をよりよくするために、もっと売りたい!なぜそう結びつけないのか...。
自分だけじゃなかった!
でも、こう考えるのって、俺だけなんだろうか?と悩んでいたのです。
そんな中、TPIEと出会い「やっぱり want to(~したいという気持ち)」でいいんだ!と確信しました。

want to で、したいことだけするなんて、甘やかしすぎ、という理論になるという反論もあります。したいことだけだったら、誰も仕事なんてしないだろうと。仕事は義務・忍耐だと。
それも、TPIEの考え方で全部溶けて行きました。自分が苦しかったのは、間違っていなかったと。実際、弊社は現在、want to のあり方でいきいきと働き、前進していると自負しています。
うつの本質的な原因?
仕事の価値観を変えないと、みんなガンになる、という思いがあります。ガンもうつ病も、全部これが原因じゃないかと。want to で仕事をし、自分の生活をよりよくしていく。
私がTPIEの概念を伝えたいと考える理由はここにあると思っています。
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嫌なことを好きになるために 抽象度を上げる
生活のために仕事をしなければならない。
そう思う方はおそらく多いのではないでしょうか?
ですが、同時に心の中では「嫌だけど、しょうがない」という気持ちが同居しているかもしれません。弊社のような自動車ビジネスの業界なら、「車を(自分の)生活のために売らなければならない」ということです。
人の能力、パフォーマンスを最大限に引き出し、集中して物事に取り組むには want toである、つまり「したいことをする状態」でないといけないのは、私のブログでも何度もご紹介していることです。
ただそもそも、じゃあどうやったら want to になれるの?という、そこが一番大切で、難しい部分ですね。
認識を変えて「したいこと」に変換~抽象度
その中でも、一つの方法、考え方をご紹介します。TPIEや苫米地先生の理論を学んでおられる方にはおなじみの「抽象度」と大きく関わってきます。
身近な例からいくと、目の前に散らかった部屋、散らかった事務所があるとします。掃除しなければ、綺麗になりません。もちろん、多くの人が片付けなければ・・・と思うはずです。ですが、have to「しなければならないこと」だから、気が進まない。
そこで、抽象度を一つ上げ「いつもきれいな環境にいたい」という視点に切り替えます。きれいな環境、というのは掃除だけでなく、その他の要素も含まれてくるでしょう。つまり、もともとの作業を包括する考え方の中で、自分が実現「したい」と思う事、つまり want to の視点に切り替えるのです。
抽象度を上げる、とは、一部分だけ注目せず、ワンランク、ツーランク視点を高いところに持って行き、全体を俯瞰するように物事を見ることを指します。抽象度についてはこちらのブログがとても分かりやすく表現されています。
http://unou-tore.livedoor.biz/archives/792904.html
嫌な事を避けるよりも
抽象度が低ければ低いほど、なぜか物事って have to に感じてしまいますね。
男性が子守りをするなら「子守りをしなければならない」から「子供とのいい思い出を作りたい」へ。
嫁に買い物を頼まれたら「買い物をしなければならない」から「夫婦円満でありたい」へ。
抽象度を上げて、自分が望む状況をイメージします。すると、作業がなぜか want to に変わることがあります。全体を包括するので、物事に対する認識が変わるためです。
苫米地先生も、物事に集中してパフォーマンスを上げる考え方を何度も話されていますが、そもそも「大好きなことなら集中できるでしょ?」とおっしゃられます。
とてもシンプルな考え方ですが、これが本質だと私は思います。それなら、いかに嫌なことを避けるかよりも、物事を好きな事に変えてしまう思考を身につけた方がいいということですね。
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お父さんのコンフォートゾーン
13年たちました。
結婚をして、一通り価値観がぶつかるまでに...(!)
私の嫁と、自分の間の価値観の違いのお話です。
嫁の実家では、お父さんが家のことに関してとてもよく動く人です。
ところが私の父は、家のことはほとんどしません。
ここで、私と嫁にとっての、「お父さんの役割イメージ」が違うのです。
例えば、家の電球が切れたら、我が家では長い間切れっぱなしの時期がありました。
なぜかというと、嫁は「お父さん(つまり私)の仕事」と思っているし、私は「自分の仕事ではない」と思っていたからです。
無意識のうちに「お父さん像」をお互いに作り上げていた私たちは、徹底的に噛み合ず、お互いが自分のやることじゃない、と判断してしまったわけです。
食事の残り物も、私の実家では母が食べ、嫁の実家ではお父さんが。というわけでいつまでも残り物が残ったままになりました。
結果としては、それをずっと続けていても噛み合ないだけなので、私自身が自分のコンフォートゾーンを広げ、電球のことや食事の残り物のことを自分の担当にすることにしました。自己イメージを変えていくのは大変なことですが・・・。
ですが、残り物も自分が食べるので、おかげで好き嫌いがなくなりましたが(!)
価値観が折り合わないのだから、本来、夫婦というのはぶつかってしかるべきです。うちの場合、一通りぶつかるまでに13年かかりました。でも、今はとても落ち着いています。コンフォートゾーンを広げ、自分の役割の範囲を広げるのも大切なことですね。
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ストップ倒産・ストップ自殺 TPIEセルフコーチングの必要性
私は考えるのが趣味みたいなものなので、いつもいろいろ考えています。
多くの人にTPIEやセルフコーチングを受講してもらうこと、それを人生に活かしてもらうこと、というのは自分にとって一つのゴールです。
ですが、TPIEは抽象度が高いプログラムだけに、その魅力をお伝えする事が難しいのです。そもそもTPIEの必要性を感じるには、そこに行きつくまでの段階がめまぐるしく必要だからです。なぜなら、TPIEは成功哲学や自己実現のファイナルアンサーだからです。
最近よく思うのですが、その中でも、今世の中にとって一番必要なメソッド(方法論)は何なのだろう?と考えてしまいます。それが見つかったら、より多くの人にセルフコーチングの重要性に気づいてもらえるかもしれない、と思うからです。
セルフコーチングの必要性
アメリカでは成功哲学を学ぶことが文化の一つとなっている部分があり、それが一般的とも言えるのですが、日本ではTPIEを受けるとなると「洗脳されてるんじゃ?」と疑われてしまうでしょう。
ですが、資本主義の社会で生きている以上、ある意味セルフコーチングは必須です。競争という概念の中で切磋琢磨し、お互いを高めていくという考え方なので...
うつ病や自殺は、資本主義の奴隷の結果とも言えると思います。大きく歪んでいる部分を解決するには、セルフコーチングによって自分を認め、高めていく必要があります。それがTPIEであり、一つのゴールです。
どう入口を作れば...?
ストップ倒産、ストップ自殺。私の中で大きなテーマです。ですが、その一つの解決方法となるTPIEに対して「これは必要だ!」と感じてもらうまでには、適切な入口が必要だと痛感しています。そもそも、本当に必要な人には、TPIEのようなプログラムがスコトマ(心理的盲点)になって見えない訳ですから。
セルフコーチングの必要性を知ってもらうために、どんな入口を作るのが、今の社会に求められているのか?今後の課題になりそうです。
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ワンス・アンド・フォーエバー
ワンス・アンド・フォーエバーという戦争映画をご存知でしょうか?
主演メルギブソン。ベトナム戦争に深入りするきっかけになったイア・ドラン渓谷の戦いの実話をベースに描かれた超大作です。
この映画の中で登場人物のハル・ムーア中佐は出兵する前、部下達に約束していたことがありました。
「我々が戦いに望んだ時、私は戦場に踏み出す最初の者となり、戦場から退く最後の者となろう。誰ひとり置き去りにしたりはしない。生きていようと死んでいようと、我々は全員そろって家路につく。」
行動であり方を示す究極
組織のリーダーが部下の先陣を切って出ていく。リーダーシップの本質であり、行動であり方を示す素晴らしい例だと思います。そもそも、戦地という極限の世界で、ひるむことなくそれができるのが、本当にすごい。
また、恐怖を感じると人間はIQが下がるはずなのですが、IQも高く保ち、部下達の動きを並列的に考えている。それも訓練の賜物だからなのか...。
なぜか惹かれてしまう戦争映画...
なぜだか、はっきりと理由は分からないのですが、私は昔から戦争映画に惹かれるところがあります。中学2年の時に見たプラトーンをきっかけに、戦争映画はほぼ網羅しているといっていいくらい見てきました。
戦争そのものは、もちろんダメなものです。ですが、あの生死を伴う臨場感に、訳も無く惹かれてしまう部分があります。
ですが、よくよく考えてみると、国を守るという大義のために生死をかけて戦うというその姿に、カッコよさを感じているのかもしれません。
何かのために戦っている、というのは、少なくとも自分のためだけに戦っていない訳ですから、ある意味では戦って死ぬ、ということに大義を感じてしまう部分があります。価値観の違いで戦ってしまう、それはどちらが正しいとも言いにくいのではないでしょうか。(とはいえ、やはりダメな事だとは思いますが)
それが、私が戦争映画に惹かれる理由なのかどうか、はっきりとは分かりません。ですが、意味も無く好きなものってありますね。ある意味私は、それってなんで好きなんだろう?ということを考えることそのものが好きなのだと思います。
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エフィカシーが高い目標設定を導く
遅ればせながら、新年明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い致します。
さて、新年第1回目のブログですが、昨年からずっと「やっぱり最終的にはコレだな」と考えている、エフィカシーについてです。
エフィカシーとは、自分に対する自己評価。つまり自信があるかないかで行動力が決まるということなのですが・・・
人は無意識のうちに自己イメージに沿った情報だけを選んでいるので、自己イメージに沿わないものは全部スコトマ(心理的盲点)になってしまいます。つまり、自分の新しい可能性に気づかないまま毎日を過ごしてしまうのです。
とてつもない目標設定
そういえば最近、自動車ビジネスを行う弊社ではセールスマンがとてつもない目標設定をするようになりました(!)
通常、1ヶ月に車が5台売れるのが目標、というのが妥当なラインですが、目標台数を15台、20台に設定しはじめたのです。端から見るといわゆる「アホちゃうか」「絶対ムリ」のレベルです。
ですが、弊社のセールスマネージャーは、そういった高い目標を掲げないとだめだということをよく知っています(TPIEについても、本を読んで勉強しているようです)。そんなマネージャーの今年の抱負は「超越」。自分が無意識に慣れ親しんだコンフォートゾーンを遥かに超え、ワンランク、ツーランクレベルアップしていく意志の現れです。
普通、できもしない目標を掲げるのは現実離れしていて、逆にモチベーションを下げる結果になりがちです。ですが、弊社ではいつのまにか、それが高いモチベーションにつながっており、結果マネージャーの目標設定が普通の概念を超越しはじめています。
そのベースにはエフィカシーがあります。自分はやれる。その確信があり、高い目標に取り組むことで、今までの自分では発揮できなかったハイパフォーマンスを実現できるわけです。現実に沿った目標設定では、そのパフォーマンスは起きません。
結果として20台売れなくても、それは問題ではありません。できるできないの話ではなく、いかに認知的不協和(ゴールのイメージと現在のイメージとのギャップに違和感を感じること)を起こし、自分のパフォーマンスを上げていくかが大切です。
エフィカシーは心理的メカニズムの根源
今では、こんな目標設定が社内では当たり前の理論になりましたが、外部から見ると「何を夢ばかり追いかけとんや」の世界かと思います。それも、エフィカシーが高ければ、リアルな結果として目の前に現れてきます。自尊心を高く、卑下すること無く、自分が自分を認めるという行為が大切です。それが、成功に向かっていく心理的メカニズムの根源的な考え方です。
ちなみに・・・私、谷口の本年の抱負は「利」。
利とは、利をもって潤う、利潤の利です。経営の根源をもう一度考えると、やはりそれは利潤を追い求めていくということです。再度原点を見直し、本質を見極めたいという思いです。
たくさん利潤をいただけるような組織作りを目指して、エフィカシーを自己イメージを無意味に下げることなく邁進していきたいと思います。
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